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Schi Heil と叫ぶために

hiroakiuno's blog

生物と無生物のあいだ

科学をこれほどまで「美しく」描ける科学者がいることに感動した。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物の違いは何か?そして生命とは何か?というのがこの本のテーマ。それに対して「生命とは自己複製するものである」という答えと「生命とは動的平衡にある流れである」という答えを導き、 「生命とは自己複製するものである」という従来の定義を見つめ直し、新たに「生命とは動的平衡にある流れである」という定義を導き、そこから「機械には時間がない。生物には時間がある。」というこの本のミステリーの最大の山場を迎えることとなる。私は生物学はド素人なので DNA の発見の歴史から細胞内のタンパク質の移動の話に至るまでその一つ一つが新鮮であったが、何よりも感動したのは生物学の歴史や研究成果を語る際の著者の文章の美しさ。ここ からこの本の目次をご覧頂くだけでも、著者の描く科学の美しさと詩的な美しさの融合が垣間見れると思う。福岡伸一さんって何者なんだろう?

ここでは印象に残った項目を引用と自分の言葉のあわせ技でメモしておく。

  • コンピューターは 0/1 の2進表現、DNA は A/T/C/G の4進表現。単純なものの組み合わせで複雑な情報を記述する仕組みは同じ。
  • DNA は遺伝情報の担い手で4種のヌクレオチドで構成される。タンパク質は生命情報の担い手で20種類のアミノ酸で構成される。DNA が運んでくるのはあくまで情報であって、実際に作用をもたらすのはタンパク質。DNA がタンパク質の配列情報を担う。
  • DNA の対構造に対するワトソンとクリックの言葉。

この対構造が直ちに自己複製機構を示唆することに私たちは気がついていないわけではない。

  • 原子はなぜそんなに小さいのか?なぜ我々の身体はこれほど大きいのか?それは原子の拡散つまりエントロピー増大の法則に対する仕組みである。

生命現象に参加する粒子が少なければ、平均的なふるまいから外れる粒子の寄与、つまり誤差率が高くなる。粒子の数が増えれば増えるほど平方根の法則によって誤差率は急激に低下されうる。生命現象に必要な秩序の精度を上げるためにこそ、「原子はそんなに小さい」、つまり「生物はこんなに大きい」必要があるのだ。

  • そして動的な平衡、すなわち我々は分子レベルでは常に入れ替わっているという話。

よく私たちは、しばしば知人と久闊を叙するとき、「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルではすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。

  • シュデリンガーの考察はなぜ動的な平衡を必要とするという話につながる。

生きている生命は絶えずエントロピーを増大させつつある。つまり、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいていく傾向がある。生物がこのような状態に陥らないようにする、すなわち生き続けていくための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピー=秩序を取り入れることである。実際、生物は常に負のエントロピーを"食べる"ことによって生きている。

肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子のレベルではその実体はまったく担保されていない。私たち生命体はたまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。それも高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる。