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Schi Heil と叫ぶために

hiroakiuno's blog

ローカライズで飯が食えるものとそうでないもの

ふと思ったこと。言語、音声、画像をコンピュータが扱う代表的なメディアと考えたとき、「言語、音声」と「画像」との違いにローカライズの適応がある。例えば機械翻訳という技術を日本で使うには日本語ならではのカスタマイズが必要な一方で、画像認識はその技術が全世界で使える。どっちが難しいとかえらいとか比較するものではないが、例えば海外で生まれた技術を日本に導入することが大きなビジネスになるのは言語や音声だなと。言語や音声にはそういった目の付け所があるなと。逆に言えば画像で牛耳れば世界を押さえられるのかもしれない。

映画や本を世界で売ることを考えたときローカライズ(翻訳)が発生するため発売に時差が生じるが、同じ音声でも音楽だとそのままでいいのか。国によって規格が異なるテレビや携帯だと難しいが、デジカメとかだとメニューをローカライズするだけでよい。車はハンドルが逆だが比較的画像タイプ?PC はハード的には画像タイプだが OS のローカライズは言語そのもの。白物家電だと電源以外はそのままいけそうな気がするが国によって好みがちがうかもしれない。一方、ヤフオクを eBay のローカライズと見たときそれは言語というよりも地理的な要素が強い。この観点で他には何があるだろう。