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Schi Heil と叫ぶために

hiroakiuno's blog

感動する脳

この本を読み終えて強く思ったこと。それは人生において不安や悩みがあることは当たり前で、もちろんそれを解決したり工夫することは非常に重要だが、度が過ぎてはまりそうだったら、最後はどっちが楽しいかで考えればいいんじゃないかと。それは決して無責任な「逃げ」ではなく楽しく生きるための「攻め」である。人間は誰しも自分の力だけではどうしようもないとき神頼みするのだから。

感動する脳

感動する脳

クオリアや脳科学に関する内容かと思いきや、いわゆる生きるヒントというジャンルの本。ただしそのヒント一つ一つに脳科学に基づく理由づけがある点が茂木流。ブログもサボり最近いろんな意味で「次」を考えていた最中だったので読むにはいいタイミングだった。少なくともなんだかやる気がわいてきた。意欲を持って積極的に(半ば強引に)感動し脳を鍛えよう!ということで今日からまた頑張る。

心に留まったフレーズを挙げてみる。以下の4つ。

  • 感動は脳のサイン
  • 感動の種
  • 自分の気持ちもうまくコントロールできないのに、他人の気持ちをコントロールなどできるはずがない
  • セレンディピティが何とかしてくれる

感動のあまり涙を流すという現状があります。これは、今体験していることが、脳や人生を変えるきっかけになるものだと脳がサインを送っているようなものです。

この本では「感動することをやめた人は、生きていないのと同じことである」というアインシュタインの言葉が何回も登場する。で、感動するためにはどうすればよいかというのがこの本のテーマである。

たとえば多くのビジネスマンが、「この頃、感動するような出来事に出会わないなあ」と呟きます。面白いことに会社での評価が高い優秀なビジネスマンほどこの言葉を口にします。どうしてそういう傾向が表れてくるのでしょうか。

私も言いがちなこのフレーズ。これに対する茂木さんの回答はこうだ。

それはあまりに意識的に、自らが持っている世界観や知識に従って生きようとしているからです。
(中略)
最近感動が少ないと思っているなら、まずは自らの意識を開放してあげることが大事です。
(中略)
全く同じ一日など人生にはありません。同じだと感じるのは、自分の意識がそう思い込ませているだけです。無意味な抑圧を解放して、小さな感動の種を拾ってみてください。結局はそれが、仕事にも良い影響を与えることになるでしょう。

気が進まない・つまらない・めんどくさいと思うのも自由、そうかもしれないがせっかくだから感動の種を探そうと思うのも自由。当然後者の方が楽しい。ならば後者だ。「モノがワクワクしないから楽しくない」ではなく「モノからワクワクするものを拾おうとして人生を楽しむ」へ。

第一、自分の気持ちもうまくコントロールできないのに、他人の気持ちをコントロールなどできるはずがないのですから。

後は「セレンディピティ」が何とかしてくれますから。

セレンディピティとは「思わぬ幸運に偶然出会う能力」または「そのような偶然による幸運との出会いそれ自体」。冒頭で述べた最後はどっちが楽しいかで考えればいいんじゃないかというのはこのセレンディピティのことです。